梅雨時期で曇りや雨の日が多いからかもしれませんね。
高台に建つ2階の部屋から見えている景色は眼下にゴルフ場の芝生が広がり、伸び伸びと開放感を感じる美しい場所です。
でも晴れになって初めて気づきました。
部屋の窓から高千穂峰が見えているということに(๐◊๐”)/シランカッタ!
霧や雲でずっと隠れてたんですね。
隠れて見えていなければ、存在していることすら気づかないです。
けれど一旦そこにあると見てからは「あぁ、あの向こうに高千穂峰があるんだ~」とありがたくなります。
物の存在って、見えてるかどうかに大きく左右されるなーと思います。
見えていないからといって無いわけではない。
春に徳島の剣山に登ったときも「わたしって視覚に頼り過ぎてるんだなー」と思ったできごとがありました。
わたしの携帯の充電は容量が少なくて1日もたないことが多いです。
山に登るときは登山口まで地図を見たり、登山用のアプリを付けて地図を見ながら登ったりするので、昼過ぎに充電が無くなってソワソワすることも多々ありまして。
この日も地図を見て、登山アプリをつけて、登山口から1時間ほど歩いたところで休憩をしました。
ふと携帯の充電が気になって見てみると…
なんと「100%」のままになっていますΣ(゚д゚;)
えぇー絶対そんなわけないやん!!
と思い・・・しばらくして見てみても、
やっぱり「100%」のまま~ヽ(゚∀。)
ええっ?壊れた?なんで?何が?
と頭の中がハテナでいっぱいになりました。
充電がかなり減っていたら困るなぁと思ってチェックしたのに、
充電があり過ぎて困惑しているのです。
そう思うとなんだかおかしくなってきます😆
「充電多い方がいいんちがうん?どないやねん!」って感じです笑
その後は携帯の充電が減っていきましたが、別段こわれた様子もなく通常通り。
この日は携帯の充電に余裕があって、ソワソワすることもなく安心して山を降りました。
それでね、なんか神様に試されたんじゃないかと思っていて(._.)
『見えるものだけを真実だと思ってないか~笑』っていわれたような気がしたんです。
そんな山登りのあの日を思い出した霧島でのできごとでした。
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