
12月30日は年内最後の休日で、前から行ってみたかった箱根・宮ノ下の富士屋ホテルに行ってきました。
憧れのアフタヌーンティーを食べながら、何気なく持ってきた
たい・じろうさんの著書『「私のために生きる」と決めた。』を読んでいると、自然とこれまでの旅を振り返っていました。
なんとなく今日が一区切りな気がしていたのですが、2025年の区切りというよりも私の旅が始まった
2017年からこれまでに、一つの区切りをつけた気分でいます。

大奮発してアフタヌーンティーとシャンパンを楽しみながら、自分に「よく頑張ったね!」と感謝の気持ちをかけると
ふいに涙がこぼれそうになりました。
というのも12月1日から始まった強羅温泉の住み込みバイトは、想像をはるかに超える大変な人間関係で。笑
支配人以外のスタッフは全員辞めてしまったところに、どうやら私がやってきたのですが、
この支配人がものすごく感情的で好き嫌いが激しく、受け入れてもらえない私は初日から何度も口論を繰り返していたのです。
強羅に来る前に、浅草でとても素晴らしい2週間を過ごした私にとって、次の選択は大変有意義なものになるだろうと思っていた矢先に
生れてはじめてお会いするようなタイプの、どうにもこうにも馴染めないし好きになれないし
怒られっぱなしの数日間で、たちまち私はこの仕事を辞めようかと迷いました。
自分を守れるのは自分しかいない!
こんなに心身ともに窮屈で苦しい思いをするなら、逃げ出したっていいんじゃないか…
これまでの私なら「これも何かの勉強のひとつ。これを乗り越えられれば自分の成長につながるはず!」と歯をくいしばって頑張るところですが、
旅を通じて「自分を大切にする」ことを学んできた私は、逃げることも正解なんじゃないかと思ったのです。
3日目の日に、本気で辞めようかと雇用主に相談。
けれど私の味方をしてくれるだろうとたかをくくっていたのに、そのような回答は得られず。
ますます自分の立場が窮屈になるかもしれないと予想でき、一旦立ち止まります。
そうこうするうちに新しい年上女性がスタッフに加わりました。
彼女は私の肩を持って支配人に立ち向かい、時には自分自身も泣きながら仕事していました。
そんな彼女を見ていると「この人を一人残して、この場所を去るなんてできない…」と思えてきます。
再びこの場で頑張ることを決めた私ですが、結局彼女の方が先に辞めてしまいました。
やっぱりあの時点で辞めた方がよかったんじゃないだろうか…
そこからも何度も支配人とぶつかる日々。
時にはお互い笑って話もするのに、急にまた深い理由もなく逆鱗に触れるのです。
私にはもう何が何だか分からずでした。
これがたい・じろうさんのおっしゃる「ステージが変わる前の3つの混乱のサイン」なのでしょうか。
特に「③負の感情が爆発する」をイヤというほど体感しました。
生れて初めてかもしれないくらい、自分がイヤだと思っていることを言葉にして他人にぶつけたのです。
親や兄弟、彼氏、友達にもそこまであらわにして怒りをぶつけたことはありませんでした。
どこにこの人間関係のゴールがあるのか、
正解は一体なんなのか、
まったくもって糸口を見つけきれずにいたのに、
それなのに驚くほど急に、
富士家ホテルで心地よい時間を過ごしながらたい・じろうさんの本を読んでいると、まさにゴールを迎えたように思いました。
これこそが私の視点が変わった瞬間だったのだと思います。
そうすると敵対していたとばかり思っていた支配人という人物が、
実は感受性が強くて私の不信感を受け取っていたのかもしれない、と新たに気づきます。
私はずっと「支配人に疑われていて居心地が悪いなー」と感じていたのですが、
支配人もまた、私から信頼されていないという負のオーラを感じていたのでしょう。
たい・じろうさんの「『「私のために生きる」と決めた。』」は私にとって不思議な本で、
これまで何度も読もうとチャレンジしたのですが、
最後の章「自分を満たすと世界は変わる」までたどり着けませんでした。
きっと周波数の違いなのだと思います。
どうしても急に眠くなったり、読んでいても字面だけ追っていて頭に入ってこなかったりで…
まだ最終章を読める自分になっていないのだろうなーとうっすら理解していました。
そんな私が富士家ホテルでは最初から最後まで読み通すことができました。

ほろ酔い気分の心地よい感覚のまま、
ロビーで本を読んでいると、ふとそれまで居た人たちが誰ひとりいなくなり、
私の好きなリストの「愛の夢」がスピーカーから流れ始めて、ゴールへの祝福を感じました。
たい・じろうさんの「『「私のために生きる」と決めた。』」、混乱の中や節目のタイミングにおすすめの一冊です。